Tetsu Construction

こんな、構造物なんだ!

Sleeper Class#3

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 それでは、今日は、クハ715-1、元のクハネ581 8をお届けしたいと思います。

 581系は、世界初の寝台電車として、登場しました。夜は寝台、昼は座席として利用可能、傑作でしたが、新幹線網の整備、ボックスシートであることなどから運用が減少、多くは近郊形419系や715系に改造され、用途が変更されました。

 同車も引退後、小倉工場で保存され、外観を復元され「九州鉄道記念館」保存車両となっています。

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 車内(写真)。種車ボックスシートを生かしながら、洗面台側にドアを追加しています。ボックス部の寝台は、生き残っているようです。

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 洗面台側(写真)。左がトイレで2か所、右が洗面台跡で3つ装備されていましたが、何れも封鎖されています。

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 前側デッキ跡(写真)。仕切りは外されデッキはありません。その前が機器室、右側に通路があります。

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 通路の先は、業務用ドアになっています(写真)。

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 その先は、運転台です(写真)。中間に入るときは、仕切りを閉じ、貫通路が通路として使用可能な構造になっています。クハ481 200番代の、設計の元です。

 秋田で命脈を保っていた、最後の583系も運用が終了し、現役車は無くなってしまいました。老朽化とはいえ、残念です。

 それでは、次回をお楽しみに。

Sleeper Class#2

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 それでは、今日は、引き続き日田市の「富士」からお届けしたいと思います。

 写真は、スハネフ14 5(写真)。一時は塗装も剥げかなり悲惨でしたが、修復が進んでいます。しかし、愛称表示のテールサインは、ありません。

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 オロネ側から、入ることが出来ます(写真)。左はトイレ、右は洗面台、2段寝台で落成した車両と違い、トイレのスペースを縦横にはしていません。

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 寝台(写真)。3段式で落成し、後に固定2段に改造されています。モケットは、JR九州オリジナルです。

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 そして、後方にデッキ、寝台室の出口は斜めです。左には、自動ドアとステップがあり、そのためこのような形になっています。。

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 緩急室(写真)。ハンドブレーキがあります。

 反対側の車掌室は、閉鎖されています。

 客車寝台の設計は、国鉄期からのものですが、まもなく寝台客車を知らない世代が、ファンの主流となっていくのが、残念といえば残念。しかもそれは、間もなくのことです。

 それでは、次回をお楽しみに。

Sleeper Class#1

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 それでは、今回は、引き続き日田市の「富士」をお届けしたいと思います。

 写真は、元オロネ25の、オロネ15 3005です(写真)。寝台特急「さくら」廃止に伴い、「富士」と「はやぶさ」が併結され、九州特急が14系に統一される際に改造編入された車両です。方向幕の「寝台特急 富士 日豊線経由西鹿児島」も注目。

 銀色の帯は、かつてのクロムメッキでは無くステンレスです。「富士・はやぶさ」は、14系14形の白帯と、15形等のステンレス帯が入り乱れ、編成美が失われていました。しかし、それだけ状況が切迫していたのも事実でした。

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 オロネ15 3000番代、すなわちオロネ25は、A寝台個室「シングルデラックス」でした(写真)。座席を引き出し寝台になり、窓際の机を開けると洗面台になっています。トイレ等の設備は共用です。

 因みに、「北斗星」は、金帯の24系客車を使用していましたが、あれが本物の真鍮で帯が出来れば良かったのでしょうが、残念ながらペイントでした。

 それでは、次回をお楽しみに。

乗務の雰囲気#2

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 それでは、今日は、昨日の続き、ED76 91の足回りを見ていきたいと思います。

 先ずは、両端になる動台車、DT129です(写真)。基本的には同時期のED75と同じ、特に60Hz用300番代は全く同じとのことです。

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 しかし、異なるのは、軸重調整で中間に付随台車があること(写真)。TR103です。この調整で、動輪の軸重が調整出来ます。

 また、右側の車軸に速度計がついているのも、ED75との違いです。やはり、台車は奥が深いです。

 それでは、次回をお楽しみに。

乗務の雰囲気#1

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 それでは、今日は、大分県日田市の車両をお届けします。

 日田市の民間施設には、ED76 91と、オロネ15 3000番代(元オロネ25、「シングルデラックス」)、スハネフ14が保存されます(写真)。雰囲気は、九州島内の寝台特急で、ヘッドマークも「富士」を掲出します。

 寝台特急になってからの「富士」は、日豊線回り西鹿児島行きとなり、「トワイライトエクスプレス」登場まで日本最長運転列車でしたが、利用客の関係で南宮崎まで短縮、末期は大分が終点でした。九州特急も、廃止となり久しいです。

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 中にも入れます。機械室はがらんどうで、掲示が展示されます。

 そして、機関士席(写真)。2人乗務で設計され、しかし省力化で1人乗務に変わり、各種安全装置が追加されました。シートは、モケットの張り替えが行われています。

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 助士席(写真)。ハンドブレーキがあり、また機関士の復唱をする助士がいた席です。しかし、JRになってからは原則使用されませんでした。

 今年の梅雨末期で大変だった同市ですが、ここは大丈夫なのか。気になります。

 それでは、次回をお楽しみに。

工場内

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 それでは、今日は、三原市のSLを見ていきたいと思います。

 三菱重工三原工場のエントランス近くにある、C57 76(写真)。三原工場で鉄道車両を製造していたことに因み保存されるものです。

 なお、同機は同じ三菱重工でも神戸造船所で製造されたものですが、車輌製造が三原に移ったことで保存されます。

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 同機のキャブ(写真)。流石私有地内で、保存状態は極めて良好、動態化も可能な雰囲気です。

 なお、同機は、平日昼間に、許可を得ないと撮影は出来ません。撮影も、立ち会いが必要ですので、注意して下さい。

 それでは、次回をお楽しみに。

Panorama#2

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 それでは、今日は、昨日に引き続き、中京競馬場に保存される、名鉄パノラマカーをお届けします。

 写真は再掲、7028です(写真)。当初計画では、先頭部の窓ガラスはもっと後で、車のようなボンネットが設けられる計画でしたが、洗練されたデザインに改められました。

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 客室を、後方のドアから見た姿(写真)。展望室の後に2階運転台、前部ドア、一般客室があり、後方ドアとなっています。

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 後方ドアの後には、2列の座席があり、その後は跳ね上げ形の座席があり、ドア扱いをする車掌のスペースとなっています(写真)。そのため、業務用ドアも設けられており、ここでドア扱いをします。通常は後方運転台にいる車掌ですが、運転台は2階なので、検討の結果先頭車後位側に設けられることとなったようです。

 なお、営業当時は反対側も同様な施設でしたが、現在は業務用エアコン設置スペースとなり、原形を留めていないので、ボツとしました。

 それでは、次回をお楽しみに。