Tetsu Construction

こんな、構造物なんだ!

駅遠し#1

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 それでは、今回からは西武鉄道新宿線南入曽のイベントからお届けします。

 写真は、西武20000系20157です(写真)。地上用のVVVF車、これも「アルミ・ブルー」なのでしょうか。

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 この床下、最初の注目は、列車情報装置とATSです(写真)。列車情報装置は、恐らくJRのTIMS、TICSと同様のものであり、いわば電車LANです。これにより、機器のソフトウェア化、及び引き通し線の8割減を実現します。

 JR東西は大々的に宣伝する同装置、JR東海はあまり宣伝しません。在来車には無い気がしますが、新幹線ではやっているような気もします。西武も、E231系同様にやっているのでしょう。

 それでは、次回をお楽しみに。

School#2

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 それでは、今回も「津山まなびの鉄道館」からお届けします。

 写真は、鉄道館中心にある、転車台(写真)。DE50 1が載っています。

 この転車台は使用可能で、時々に車両を載せ回転するイベントがあるようです。

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 その周りは、当然扇形庫です(写真)。現在も使用可能な扇形庫としては、梅小路の「京都鉄道博物館」のものに次いで大きいです(規模では、豊後森機関区跡の扇形庫の方が大きい)。

 しかし、何を血迷ったか、転車台を回す動画を撮り忘れ、また次回になってしまいました。注意します。

 それでは、次回をお楽しみに。

School#1

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 それでは、今回は、岡山県津山市「津山まなびの鉄道館」からお届けします。

 昔は、期日限定で公開され、ボランティアが案内していた同施設ですが、収蔵車両数も増え、整備が進み、常設の博物館となりました。

 車両は多数ありますが、今回はそのうちの1つ、キハ52 115です(写真)。大糸線非電化区間、則ちJR西日本営業区間で最後に活躍した車両、営業当時から朱のツートン、則ちこの塗色でした。

 大糸線の車両は、勾配もあることから永く2エンジンのキハ52で運用されました。代替車も、国鉄時代なかなかありませんでした。

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 運転台(写真)。一昔前の気動車ですが、現在走っていてもあまり違和感を感じません。

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 助士席(写真)。回転式ハンドブレーキが見えます。こちら側は開放キャブです。

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 車内(写真)。大糸線は冬は豪雪、準寒冷地であると思いますが、ドアが中途半端な位置で、ワンマン化にも、客室仕切りにも対応せず、苦し紛れの対応でした。

 永く3輌で大糸線の主となっていましたが、ホームであった糸魚川赤レンガ矩形庫も、北陸新幹線関連工事で解体されてしまい、残念でした。

 現在は、ワンマン運転にも対応するキハ120で運用されます。魅力が減りましたが、それも時代なのでしょう。

 それでは、次回をお楽しみに。

風雪に耐え#36

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 それでは、今回は北海道の連載最終回です。

 写真は、苫小牧市科学館にて保存される、C11 133です(写真)。苫小牧から分岐する日高本線でもC11は使用されていましたが、気動車化が早く、他線区のC11を持ってきました。

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 足回り(写真)。動輪が大きいのは、タンク機ながら高速走行の車両だからです。軸配置は、1C2のアンチパシフィック(2C1パシフィックの反対のため)、完全に客貨両用ですが、後側の石炭搭載スペース分後に1軸増えています。

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 キャブ(写真)。一部水面計も割れておらず、オープン展示ながら状態は良いのか。しかし、ペンキが厚くペイントロックしています。

 内地へのフェリーは、函館は青森と大間の便のみ、小樽もありますが、多くは苫小牧周辺に集中しています。そのため、内地への帰途は苫小牧から、という観光客は多いはずです。つまり最後は、王子製紙か科学館か、その辺でしょう。なお、苫小牧科学館には、ロシアの国際宇宙ステーション以前の宇宙滞在施設、「ミール」があります。私にいわせれば、今やISSも事実上ロシア領だと思いますが、どうでしょうか。

 それでは、次回をお楽しみに。

風雪に耐え#35

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 それでは、三十余回続いた本連載も、いよいよ終盤に差しかかってきました。もう少しお付き合い下さい。

 写真は、国鉄広尾線(廃止)愛国駅跡に保存される9600形、19671(写真)。駅ホーム前に留置されます。

 愛国駅は有人駅だったのか、コンクリート製の駅舎が現在も残ります。因みに、幸福駅の木造駅舎は、改築された復元です。

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 足回り(写真)。1Dのコンソリデーション、戦中には多数満州へ出征しました。

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 キャブ(写真)。水面計も残り、わりあい状態は良いようです。しかし、ボイラは高く細く、焚き口も小さいです。

 足回りのロッドを、美しい位置で停めるのも、SL設置の技術、これは如何ほどでしょうか。

 それでは、次回をお楽しみに。

風雪に耐え#34

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 それでは、今回も引き続き北海道の車両から見ていきたいと思います。

 写真は、キハ22 221の台車(写真)。動台車を撮ったつもりでしたが、どうでしょうか。軸箱支持は、国鉄伝統のウイングバネ、台車下に梁が来る形の台車です。

 特に気動車は、機関のDMH17Hなど、旧式のシステムに「過度に統一」されており、なかなか新しい設計が投入されませんでした。でも、その時代がかった設計の気動車を、未だ東南アジアでは輸入して使用しており、それが現実なのでしょう。新車購入の余裕も無いのか。看板列車くらいでしょう。

 それでは、次回をお楽しみに。

風雪に耐え#33

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 それでは、今日も引き続き北海道の保存車両からお届けしたいと思います。

 写真は、国鉄広尾線(廃止)幸福駅跡に保存される、キハ22 221(写真)。こちらは、首都圏色(タラコ色)に塗られています。

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 運転台(写真)。内地のものと基本的には共通ですが、正面ガラスのデフロスタあたりが、特徴か。もっと酷いところでは、旋回窓になります。

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 車内(写真)。シートはビニールクロスでは無くモケットが張られますが、床は木材、窓は二重窓、北海道対策がバリバリです。

 もう1輌、キハ22が保存されますが、車内は改装され当時の面影は残っていません。そのため、掲載しません。

 それでは、次回をお楽しみに。