Tetsu Construction

こんな、構造物なんだ!

先進#1

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 それでは、今回からつくばエクスプレス守谷車両基地のイベントからお届けします。

 写真は、子供綱引きに使用される、TX-2000系TX-2170です(写真)。TX-2000系後期の車両、現在新製はTX-3000系にスイッチしています。

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 その、台車(写真)。先頭車のT台車と思われます。ボルスタレス台車、軸箱支持は軸はり式で、現在のJR東日本や多くの私鉄で見られる形です。外側にダンパーも付き、ショックの吸収も考えられています。JR東日本などでは更にヨーダンパも省略していますが、流石にそこまではしていません。

 一時はJR東日本も関与していたつくばエクスプレスでしたが、撤退し、今は事実上京成の関連企業です。ならば軌間も合わせればとも思いますが、それは無理なようです。

 つくばエクスプレスの車両は、直流専用のTX-1000系も、交直両用のTX-2000系も、独特なデザインでしたが、同じ交直両用の新型TX-3000系は、一般的な電車のデザインに退化し、少し残念な気がします。製作コストは、やはり大きいようです。

 それでは、次回をお楽しみに。

天命#11

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 それでは、今回もJR四国多度津工場イベントからお届けします。

 写真は、C58 333の、テンダーの台車(写真)。右手がキャブで、前側に当たります。軸ばねは重ねた板バネで、それを鉄板の台車枠が支えています。ベアリングの無い時代、平軸受けでしょう。

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 テンダーの、後方の台車(写真)。構造は、基本的に同じです。

 この構造は乗り心地にはあまり関係ないように思われますが、軌道負担の話もあり、注目すべき場所ではあります。ただ、炭水車は載っている重量は限界があります。

 永く続けてきたJR四国多度津工場イベントネタでしたが、これで終わります。今年はコロナでイベントは軒並み中止、それどころではないというのも事実で、早く収束することを願うのみです。

 それでは、次回をお楽しみに。

天命#10

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 それでは、今回も引き続き、JR四国多度津工場イベントからお届けします。

 写真は、C58 333の、従台車(写真)。丁度火室の真下に当たります。

 C58は、軸配置が1C1の、プレーリーと呼ばれる構造です。客貨両用の機関車とされ、D51程ではありませんが、全国各地で見られた形式です。

 この部分が軸重軽減のために2軸になると、1C2のアンチ・パシフィック(2C1のあだ名「パシフィック」の反対になるため)ですが、国内ではタンク式のC10、C11のみで、テンダー式ではありません。

 また、戦後設計され、設計図のみとなった幻のSL、C63もまたプレーリーで、それでありながらC62並の牽引力を持っていたそうですが、製造されることはありませんでした。「幻」と呼ばれる所以です。

 この部分の構造は難しいらしく、カーブで支持物が動輪に当たるので削ったりすることも、他の形式ではあり、特に2軸にすると問題が生じるようです。ただC58は客貨両用、中程度の機関車なので、軸重ギリギリということはなく、軽減化改造も無いと思います。結果DE10の登場で、置き換えられた、ということです。

 それでは、次回をお楽しみに。

天命#9

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 それでは、今回も引き続き、JR四国多度津工場のイベントからお届けします。

 写真は、場内の準鉄道記念物、C58 333です(写真)。四国で最後に走ったSLのようです。

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 その、シリンダーと、動輪(写真)。シリンダーの往復運動が、露出しているが複雑な機構を通り回転運動となり、前、あるいは後に進むのは、本当に難しく、しかし生きているようでもあり、そこが面白さとも言えます。動態保存されるSLは、そこが興味深いところです。

 それでは、次回をお楽しみに。

天命#8

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 それでは、今回も引き続き、JR四国多度津工場のイベントからお届けします。

 写真は、まだ残っていました、0系の、手前の3席は普通車、後の2席はグリーン車の座席です(写真)。普通車は、リクライニングの無い転換クロスシートで、今では考えられない座席ですが、これでも、子供の頃疲れた、という記憶はありません。それなりには考えられたものだったのでしょう。

 なお、新幹線は当初、グリーン車を「ゴールドクラス」、普通車を「シルバークラス」とする予定であったらしく、それで座席のモケットも金色と銀色だったようです。ただ、いつの間にか0系も、3列シートは向き固定ながら簡易リクライニングシートとなり、更に偏心回転機構とシートピッチ拡大で3列シートも回転出来るようになり、現在の姿になっています。しかし海外の高速鉄道では、この当たり前のことが出来ない国も多く、気分はあまり良くありません。

 それでは、次回をお楽しみに。

天命#7

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 それでは、今回も引き続きJR四国多度津工場のイベントからお届けします。

 写真は、電車のボックスシートです(写真)が、何か違う。通常のボックスシートは大人2人掛けが向かい合わせで4人用ですが、座席の途中に仕切りが付き、3人掛けのようです。この奥には、「修学旅行用電車の座席」と書かれています。

 新幹線開業前は、長距離移動は鉄道で、貸し切りバスもあまりなく、当時は「修学旅行用電車」というものがあり、通常は修学旅行用で、多客期には急行電車に駆り出される車両があり、155系、159系、167系がそれに当たります。しかもそれらの車両には、永く黄色とオレンジのツートン、「修学旅行色」が塗られ、特別な車両でした。その座席は、子供が座ることを前提に設計されていたことから、通常のボックスシートが大人2人掛けのところ、子供3人掛けにしていました。多分、その分通路も狭かった筈です。また、中間のテーブルも、お弁当を広げるためのものです。なお、急行形気動車キハ58系にも、同様の車内設計の車両(確か、800番代を充てていたはずです)もありました。

 しかし、大阪万博の大量輸送を経て、その後の修学旅行輸送は新幹線で行うこととなり、これらの車両は波動輸送用に使用されることとなります。塗装も湘南色に改められ、臨時急行等に使用、主電動機がMT54であった167系は平成まで使用されましたが、MT46を使用した155系、159系は、153系と同様の運命を辿ります。おそらく、これは155系の座席と思われます。

 かつて、在来線には「修学旅行用電車」というものがあった、その証です。今後再びは現れないでしょうが、かつての一時代を記憶するものとなっています。

 それでは、次回をお楽しみに。

天命#6

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 それでは、今回も引き続き、JR四国多度津工場のイベントからお届けします。

 写真は、恐らく大正期の座席と思われます(写真)。固定クロスシート、座面はクッションのある布張りですが、背面は板のみ、恐らく3等車と思われます。明治期の、座面も板張りからは大進歩ですが、昔の人は本当に辛抱強かった、ということでしょう。

 こういう進歩の記録も、残して欲しいものです。今のような快適な旅は、昔は出来なかったのですから。

 それでは、次回をお楽しみに。
 

天命#5

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 それでは、今回も引き続き、JR四国多度津工場のイベントからお届けします。

 多度津工場の建物の、資料館のような建物には、過去の鉄道の資料が残っています。讃岐鉄道の駅舎の鬼瓦や、いろいろな資料があるわけですが、写真は、3等車の座席(写真)。板張りの、今風でいえば転換クロスシートです。座面も背もたれも板、クッションも無く、昔の人は如何に辛抱強かったかが分かります。恐らく明治から一定期間後まで、このようであったようです。

 それでは、次回をお楽しみに。

天命#4

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 それでは、今回も引き続きJR四国多度津工場のイベントからお届けします。

 写真は、何かワム80000に窓をつけたように見えますが、これは準鉄道記念物「ロ481」です(写真)。明治期の、いわゆる「マッチ箱」、二軸単車の二等車です。恐らく座席は布張りの筈です。

 構造といい、二軸単車の典型で、この形の限界、やはり輸送力の増大に伴い高速化が出来ず、車体の大型化でボギー車となるのは当然のようです。今みたいには簡単に移動出来る時代では無かったわけですし。

 それでは、次回をお楽しみに。

天命#3

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 それでは、今回も引き続き、JR四国多度津工場のイベントからお届けします。

 写真は、JR四国の主力特急用気動車2000系、130キロ運転用試作車である2458の、駆動機関(写真)。コマツディーゼル機関、SA6D125H-1Aです。水平6気筒インタークーラーターボエンジン、355PSです。

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 2000系が振り子気動車として成功したのは、機関を点対称に配置して、エンジン回転による車体の回転力を相殺するからです。それで、不可能と言われていた振り子気動車を、世界で初めて実現しました。写真は、そのもう1台の機関、反対向きになっています(写真)。

 この結果、各社に同様の車両が登場し、一時は「電化不要論」までありましたが、JR北海道での一連のトラブルで、それも消えてしまいました。

 空気バネ振り子の方が、製造も保守も簡易ですが、特に土讃線には適さないらしく、結果2600系を経て2700系を試作、量産が始まるところ、このコロナ禍でどうなっているのか。鉄道会社も、大打撃を受けています。感染症は、難しい。

 それでは、次回をお楽しみに。