それでは、今日は、再び近鉄高安車庫からお届けします。
高安のトラバーサは、以前も「青の交響曲」の試験塗装車が載った姿を出したことがありますが、今回は、その反対側、外側からの眺めです(写真)。修繕中の23000系「伊勢志摩ライナー」先頭車が載ります。
動力は当然電気で、3線の架線からの、パンタグラフ集電です。電車の、一種でしょうか。積載も60tとのことで、機関車でも大丈夫です。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、今日は、名古屋市交通局日進工場からお届けします。
写真は、天井クレーンです(写真)。メインの車両用35tクレーンの下に、細い桁のクレーンが見えます。これは2.8tクレーンで、車両ほどでは無い軽量な物体を吊る天井クレーンです。2.8tクレーンは、隣にも装備され、2条になっています。
東武南栗橋で横に2条の天井クレーンがあり、恐らく民鉄最大規模ですが、吊る物に合わせ2層建てのクレーンは、恐らく日進だけだと思います。公営交通機関ならではです。
車体吊りを、3050系3859で行っています(写真)。動画は同名のコンテンツがあり、検討中です。
その時の、動画です。下のクレーンの動画は、ありません。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、今日は、「水郡線まつり」からお届けしたいと思います。
真岡鐵道のC11 325が牽いてきたのは、3両の旧客、2両のスハフ42と、間に挟まれたオハ46の3連です(写真)。イベント用の旧客、何れも急行形スハ43形の派生形です。
うち、こちら側のスハフ42 2234は、車内見学が可能でした。
車内(写真)。固定クロスシート、ボックスで、モケット張りです。流石は戦後型一般客車です。
緩急室(写真)。昔はここに専務車掌が一人いて、編成が切れた際にブレーキをかける場所です。円形ハンドルが、ハンドブレーキです。
今は自動ブレーキですから必要ないですが、昔は機関車と車掌が息を合わせてブレーキをかけ、編成を停止していました。また、編成切断時にも必要な装備でしたが、現在は記号の「フ」(ブレーキの意)のみ残ります。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、今回は、引き続き「ひたちなか海浜鉄道」からお届けします。
写真は、三木鉄道(廃止)で使用された1両、ミキ300-103です(写真)。廃止当時同型車が計3両ありましたが、1両は北条鉄道、1両は樽見鉄道、そして残り1両がひたちなか海浜鉄道にやって来ました。
富士重工製、いわゆる「LEカー」ですが、車体は軽快気動車になっています。
車内(写真)。セミクロス、ボックスシートが中心です。
運転台(写真)。流石は平成の気動車、現代のものです。ワンハンドルではありません。
三木鉄道から北条鉄道、北条鉄道から紀州鉄道、と気動車が玉突きになり、紀州鉄道の非冷房旧式気動車が引退になりました。それも運命か。
一時はキハ20同形が大半を占めたひたちなか海浜鉄道ですが、軽快気動車を新造、更にJR東海で引退したキハ11も導入、旧式車は形見が狭いです。そういえば、へいちく線金田にも1両行ってしまいました。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、今日は、ひたちなか海浜鉄道から、お届けしたいと思います。
写真の車両はキハ222、国鉄キハ22形と同形ですが、羽幌炭砿鉄道(廃止)が発注した車両です。
北海道仕様ということで、運転席は旋回窓、半自動のドアは車端寄りです。また、ヘッドライトが大目玉1灯がシールドビーム1灯に改造されています。
車内(写真)。床は木材です。また、キハ20ベースとのことで、シートはビニールレザークロスでは無く、青のモケットです。
助士席(写真)。ハンドブレーキが見えています。
運転席(写真)。半室運転席です。装置は現在の気動車とほぼ同じですが、インパネの塗色が少し古い感じです。
当時は現役でしたが、現在は引退し、個人の所有車両となったのか。いずれにしても、貴重な写真でした。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、今回は、名古屋市内の可動橋をお届けします。
名古屋港の近くには、写真のような可動橋の遺構があります(写真)。昔は鉄道が走っていたようですが、現在前後の線路は廃止され、遺構のみが残ります。
可動橋部分のアップ(写真)。後にバランサーがあり、それと桁が釣合を取って動いていたものと思われます。
この先、門や柵はありませんが、工場の内部に当たり、侵入を監視しているらしく、近づくには撮影許可が必要と思われます。そのため、これ以上のアップはありません。
可動桁は、この橋脚で支え、橋になります(写真)。
現在周辺には線路は無く、恐らく昇降は不可能と思われます。もう、通す鉄道車両もありません。遺構となり、残念です。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、今回も引き続き四国からの写真をお届けしたいと思います。
愛媛県、八幡浜市の公園に保存される、9600形79642(写真)。除煙板は初期の形です。
横にシールドビームを装備した2灯式ですが、玉が割れています。
後方から(写真)。後方は縞に塗られていますが、この明るい方は、オリジナルは黄色だったのでしょうか?ならば、かなり褪せています。
キャブ(写真)。左手でチェーンを引き上げ投入するタイプの焚き口です。ストーカーも無く、投炭は大変です。しかし、やや砂が多い感じがします。
これも、少し忘れ去られている感じの車両で、手入れの仕方があるのでは、とは思いますが、予算の都合でそこまで手が回らないようです。
それでは、次回をお楽しみに。