Tetsu Construction

こんな、構造物なんだ!

小屋風の施設

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 それでは、今日は、昨日に引き続き、名松線の施設を見ていきたいと思います。

 かつては途中に交換駅が幾つもあった名松線ですが、平成の時点では既に途中の主要駅家城のみとなっており、分岐点から家城までと、家城から伊勢奥津までの2閉塞で営業していました。それだけですので、自動閉塞化が遅れ、永く腕木式信号が残っていました。その、場内信号、転轍機、出発信号を操作する梃子のあった、転轍小屋跡が、現在も残っています(写真)。場内進行なら反対側の出発は全部停止、その状態では転轍出来ず、という仕組みがあります。

 末期には、八戸線の末端区間とここのみであった腕木式信号も、現在は使用区間が無くなってしまいました。今は鉄道全路線において速度照査を要求する時代、それでは仕方ありません。

 それでは、次回をお楽しみに。