Tetsu Construction

こんな、構造物なんだ!

山陽道#9

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 それでは、今回も引き続き山陽地区の保存車両を見ていきたいと思います。

 写真は岡山県、笠岡から内陸に入った新山駅跡に設置された「井笠鉄道記念館」に保存される、井笠1(写真)。ドイツ・コッペル製のタンク機とのことです。

 小型の輸入タンクSL、載っているのは小型の転車台の上です。当時国産では、これだけの軽量には設計出来ず、他の場所で保存されている井笠のSLは、あまり活躍出来なかったようです。

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 キャブ(写真)。夜間閉鎖出来るからか、水面系のガラスも割れず、状態はそこそこで維持されているようです。

 ただ、オープン式のキャブなのは、ドイツ人にとっても日本は南国の楽園と思われているようで、実際とは異なります。

 それでは、次回をお楽しみに。

山陽道#8

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 それでは、今日は、引き続き山陽地方の保存車をお届けしたいと思います。

 広島県府中市の公園には、写真のとおりC56 106が保存されます(写真)。インターネット地図にも載らない小さな児童公園で、市内のコンビニで地図を買うほどでした。

 府中市福塩線の通り道、福塩線非電化区間で使用されたようです。

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 キャブ(写真)。先日の大井川鐵道の44号機とも異なるのが分かると思います。機関士の前には、ランボードに渡るドアはありません。

 それでは、次回をお楽しみに。

山陽道#7

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 それでは、今日は、引き続き山陽地区の保存車をお届けしたいと思います。

 広島県呉市には、かつて路面電車が走っていました。その当時の車両が、現在場外馬券売り場にて保存されます(写真)。呉市交通局1001です。

 かつては呉市にも路面電車が走っていたという、唯一の生き証人です。

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 車内(写真)。少しオールドタイマーな感じはしますが、今走っていても普通に感じます。

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 運転台(写真)。マスコンには、三菱(恐らく、三菱電機)のマークもしっかり入っています。三原の三菱重工製でしょうか。ワンマン対応装置も装備されます。

 現存唯一ですが、呉市内も高規格道路が走り、路面電車の痕跡も、消えつつあります。残念ですが、そういう時代でした。

 それでは、次回をお楽しみに。

山陽道#6

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 それでは、今日は、引き続き山陽地区の保存車を見ていきたいと思います。

 下松市、笠戸島の公営宿泊施設駐車場には、D51 592が保存されます(写真)。夕景の撮影、光線的に厳しいです。

 再訪時には施設の建て替えで撮ることが出来ず、昨冬やっと再度の撮影が叶いました。しかし、錆止めの朱色が見えてしまい、ちょっと、という感じです。

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 当時は、キャブにも立入可能でした(写真)。一般的な形で、準戦時形にも区分されない、安定した時期の1両、この陸地側にある日立製作所笠戸工場製の1両です。地元の誇りでしょう。

 この軸配置「ミカド」は、明治期に日本鉄道が、常磐炭を使用するため火室を広く取るために発注した形で、製作したアメリカの会社が大々的に「帝の国の機関車」と宣伝したため付いた名前です。戦時中彼の国ではは「マッカーサー」などとも呼ばれたそうです。日本を代表する形式で、「きかんしゃトーマス」に出てくる日本製の「ヒロ」も、ミカドでした。

 それでは、次回をお楽しみに。

山陽道#5

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 それでは、今日も引き続き山陽地区のSLをお届けしたいと思います。

 防府駅前の、防石鉄道(廃止)2号機(写真)。見てのとおりドイツのクラウス製です。

 一時は野ざらしで、塗装も剥げ気味でしたが、再訪時には塗り直され、屋根まで付いて、防府市が保存にその気になったようです。

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 キャブ(写真)。右機関士席で、やはり日本は南国の国と思われているようで、オープン式のキャブとなっています。

 折角その気になったのですから、今後も定期的に手入れをして欲しいですね。

 それでは、次回をお楽しみに。

山陽道#4

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 それでは、今日も山陽地区のSLを紹介したいと思います。

 山口市内の市施設内に保存される、D60 1(写真)。種車のナンバーは知りませんが、ミカド配置のD50を、軸重軽減のためバークシャーに改造したSLの、初号機です。

 そのためにD50はオリジナル機が少なく、保存は京都の140号機、他は北見くらいしか思いつきません。

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 同機のキャブ(写真)。釜口は足踏み式、他一般的な国産機です。ただ、長い保存でペイントロックし、ガラスはダメなようです。公開の敷地での保存では、これが限界のようです。

 D50に対するD60、D52に対するD62は相当数ありますが、D51改造のD61は6両のみで、9600形の代替を期待されたようですが、必要なときにはD51も必要で改造出来ず、余裕が出来たときにはSL時代は終焉に近く、結果少数のみとなりました。

 それでは、次回をお楽しみに。

山陽道#3

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 それでは、今日も引き続き山陽の保存機をお届けしたいと思います。

 山口市新山口(小郡)も近い市施設内にあるのは、D51 813(写真)。準戦時形、工作が簡略化された時期ですが、屋根ドームがカマボコ形にはなっていません。

 ただ、真鍮は美しくなくなったのか、黄色のペンキが塗られます。

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 キャブ(写真)。大型のボイラですので、足踏み式の釜口、他オープンスペースの保存機としては状態は良いと思われます。

 ボイラの釜口が開いていると、子供が入って遊び、体が挟まったりする危険性があります。そうならば確実に解体でしょうから、注意が必要です。

 それでは、次回をお楽しみに。

山陽道#2

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 それでは、今日も、山陽地区のSLをお届けします。

 宇部市の公園に保存される、D51 18(写真)。半流形、別名「ナメクジ」で、真鍮の色を除けばまあまあです。

 夜間は閉鎖される公園であることから、状態は良いようです。

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 キャブ(写真)。ナメクジで入れるのは同機のみと記憶します。ガラスも割れず、状況は良いようです。

 やはり、心ない人も多いので、時々には補修が必要です。その辺はこのカマは行き届いている感じがします。

 それでは、次回をお楽しみに。

山陽道#1

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 それでは、今日からは、山陽地区のSLをお届けしたいと思います。

 写真は、C56 36、美祢市の市施設にて保存されます(写真)。

 すぐ側には、美祢線大嶺支線(廃止)の「大嶺」の駅名標も移設され、往時を偲んでいます。

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 キャブ(写真)。一般的なもので、釜口は足踏み式で両側に開くタイプ、流石はD51の弟分と呼ばれるだけあります。ただ、動輪は大きいです。

 美祢線の線路等級、勾配、列車重量から考え、C58があるのは納得します。

 周辺は、現役の貨物側線が張り巡らされ、それを追うだけでも楽しみは尽きません。レールがあるうちに行くことをお薦めします。

 それでは、次回をお楽しみに。

引退の日

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 それでは、今日は、名鉄瀬戸線赤い電車をお届けしたいと思います。

 名鉄本線の旧式車代替車6000系デビューと合わせ、更に瀬戸線の栄町乗り入れに合わせ、新造された系列が、6600系です。性能的にはほぼ同じ、しかし地下線対応で当時のA-A基準等を満たす車両となり、スカートを装備、またセミクロスシート、非冷房のため窓が開くなど、詳細で異なっています。当初は2連で使用されましたが、4連化で2+2連となり、時々に組成が代わり、注目されました。

 しかし後継4000系の充足で、6600系は引退、最期の引退イベントに当選し、参加しました。左6704、右6701です(写真)。

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 接合部(写真)。左6701、右6604です。両側から幌を出し、二重になっています。

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 6701の運転台(写真)。使用可能なようでしたが、あまり使われていません。

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 助士席(写真)。立入可能でした。

 6600系分割の、最後の動画です。なおこれは、2万7千アクセスの動画です。

 6750もそうですが、永く喜多山検車区で整備していた都合で、2連で運転出来る必要がありましたが、尾張旭検車区の落成で喜多山検車区が廃止となり、現在高架化が進められています。また尾張旭検車区は塗装工程が無く、ステンレス車4000系のみの整備が考えられ、赤い電車の最期は、非常に見苦しい姿ではありました。正に、「お疲れさま」でした。

 今後一般形は3300系や3150系、(新)5000系のようなステンレス車体が増えつつありますが、特急車はアルミ塗装車で、瀬戸線では全車引退した6000系も健在、まだまだ「スカーレットの王国」は無くなりそうにありません。今後の動向も、注視していきたいと思います。

 それでは、次回をお楽しみに。