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Tetsu Construction

こんな、構造物なんだ!

明治の思い出#1

施設 車庫・扇形庫

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 それでは、今日は、犬山市にある「明治村」から、お届けしたいと思います。

 写真は、「鉄道局新橋工場」の建物、大井から移築したものです(写真)。国産初期の金属製の建物です。外国の建築物に倣い、国産の部品で組み立てた建物です。

 中には、明治天皇と皇后の御料車が保存され、明治期の最高級車両の構造物と内装がそのまま残り、こちらも豪華です。見たい方は、是非犬山へ。

 それでは、次回をお楽しみに。

Linia Motor

車内構造 キャブ・運転台

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 それでは、今日は、日本初の実用常伝導リニアモーターカー、「リニモ」をお届けします。

 リニモの車両、100形111始め3連(写真)。あいち万博の時、多くの人が利用した車両です。

 構造は、レール下面の電磁石が引き合い浮上し、各車両6組あるユニットがVVVF制御で走行します。

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 運転台(写真)。万博当時は全列車運転手がいましたが、現在は藤が丘~はなみずき通の地下区間のみ運転士が運転し、以外の区間は自動運転で、運転台カバーを閉じます。そのため、あまり見ない部分です。右手ワンハンドルマスコンです。

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 前面展望(写真)。強化ガラスの前面で、眺望は抜群です。非常用脱出貫通路も内蔵します。

 以降、正面が強化ガラスの車両は、JR九州を中心に増え、良いことだと思います。

 それでは、次回をお楽しみに。

立入不可#3

車内構造 キャブ・運転台

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 それでは、今回も秩父鉄道三峰口からお届けします。

 写真は、ED38 1、旧阪和電鉄(現JR阪和線)ロコ1101で、高速走行出来る電機として使用され、後に秩父鉄道に払い下げになりました。

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 同機のキャブ(写真)。かなり現在の電機に近づいていますが、少々古さと、計器の少なさがあります。

 ここも同様に「ハチ危険」のため、近づけません。ご注意下さい。

 それでは、次回をお楽しみに。

立入不可#2

車内構造 キャブ・運転台

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 それでは、今日は、秩父鉄道三峰口の鉄道公園からお届けします。

 写真は、秩父鉄道デキ1です(写真)。大型の凸型電機、1200V対応改造もされました。

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 キャブの様子(写真)。当時の電機としては、普通の装備ですが、国鉄形電機と比べると、少し少ない感じです。

 しかし、昨年訪問時、ハチの巣が出来たらしく、周辺の立入は禁止されていました。ハチに刺されてまで行きたいとは、思いませんよねえ!

 それでは、次回をお楽しみに。

立入不可#1

車内構造 キャブ・運転台

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 それでは、今日は、真岡鐵道真岡に展示される車両をお届けします。

 写真は、国鉄真岡線当時に使用された、キハ20 247です(写真)。以前は別の位置にありましたが、静岡からのD51搬入に伴い移動し、本線に繋がる側線の隅に移動しました。

 移動前は、「SLキューロク館」の横にあり、階段があり内部見学が可能でしたが、現在は少し難しいようです。

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 運転台(写真、見学が出来た当時の撮影)。少し旧式ですが、今走っていても違和感はありません。

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 客室(写真、同上)。つい最近まで走っていたキハ52等と同じ、20系気動車とされ、冷房がない点を除けばあまり違和感はありません。少し、古い感じではありますが。

 20系気動車も、いまや「いすみ鉄道」のキハ52の1両のみとなり、保存車も数えるほどです。今後とも、保存が続くよう期待したいですね。

 それでは、次回をお楽しみに。

孤立

転車台

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 それでは、今日は、横浜市内の転車台をお届けします。

 写真は、「本牧市民公園」内の、転車台です(写真)。現在は線路が遠ざかり、どことも繋がらず、扇形庫も無く孤立して残っています。周辺にはD51がありますが、それだけです。

 臨海鉄道の跡地と思われ、元はヤード等があったと思われますが、現在は場所が変わっており、遺構のみとなっています。このまま、今後とも保存されると良いですね。

 それでは、次回をお楽しみに。

復活

車内構造 キャブ・運転台

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 それでは、今日は、三岐鉄道北勢線からお届けしたいと思います。

 写真の車両は226、半鋼製の電車です。北勢鉄道時代の電車と思われ、戦時統合で三重交通となり、後に内部・八王子線に移籍、四日市市内で保存されていたところ、北勢線近鉄から三岐鉄道に移管後、阿下喜駅に戻ってきました。

 この電車を整備するスタッフの中には、現役当時に北勢線で整備した、という方もいらっしゃるそうです。

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 運転台(写真)。左マスコン右ブレーキで、電車としては標準ですが、やはり古い電車で計器が少なく、旧式なのが分かります。速度計も正に後付けのものです。

 こういう初期の電車が残っていることは、素晴らしいことです。今後も大切に保存して欲しいです。

 それでは、次回をお楽しみに。